「庭作りにとって大事なことはもがくこと。大変だけど楽しい、それが僕にとっての庭作りです」そう力強く話すのは、「eskoyama」
「cafe & gallery うわのそら」などを始め、大学、ギャラリー、個人宅まで、幅広く「お庭」を手掛ける「庭師」松下裕崇さん。思わず目を奪われ、ストーリーを感じる「お庭」の数々。「庭」を作るという事、その役割と魅力について伺ってきました。

きっかけはバカボンのパパ?!

高校の時に、友人がふと言った「バカボンのパパって知ってる?」という言葉。大人になって読んだ「天才バカボン」は、違う世界を見せてくれたんです。ばか田大学を首席で卒業したパパはバカの頂点という設定。戦後、価値観が180度変わった時代に書かれた『天才バカボン』は、子供の漫画という手法を使って社会風刺を世間に発信している話なんですよ。その「バカボンのパパが庭師」で、「仕事感がない」「あの人何してんの」という感じに魅力を感じたんです。「バカボンのパパが庭師」という入り口が、あまりにも衝撃的で「そういう職業があるんだ!」と心に深くしみ込んできました。
高校卒業後は関西学院大学に進学し、学生をしながら農業も始めました。JAや、農家の人と知り合う中で、兼業以外の方法で食べていくのは難しいなど、農業が抱えている問題も目の当たりにしました。そこで、大学卒業後は、「世の中に貢献できる仕事がしたい」と考えて、街づくりをするコンサルティング会社にインターンとして働きました。市場開拓やマーケティングなどを学びましたが、政策的な街づくりではなく、「リアルに作っていきたい」「自分が手掛けて街がキレイになっていくという形が良い」という気持ちが強く湧いてきたんです。
その想いの根底には、産まれ育った大阪の街の記憶も影響しているのかなと思います。その街は排気ガスで汚れた工場の壁の上にスプレーで落書きされていて、薄暗く、希望のない街だなと子供心に感じていました。大学で三田に来たとき、里山的な美しさがある街を見て「希望のある感じがいい!」と思ったんです。産まれ育つ場所は選べないので、せめて街だけでもキレイなら「希望」が見いだせるのではないか。「キレイにしたい!」自分がそういう空間を作ることで、いろんな問題に少しでも貢献できたらと。そんな時、バカボンのパパを思い出して「庭師」「造園」をやろうと決めました。

手紙だけでイギリスへ留学!

景気の悪い時代だったので、長い間造園の会社でアルバイトとして働いていました。当時「イングリッシュガーデン」が流行っている時期。それでいて、イギリスに行った事がない人が作る「イングリッシュガーデン」に「モヤモヤ」が止まらなくって、「このモヤモヤを解決するためにイギリスに行こう」と決めたんです。ところが当時、お金もない、英語もしゃべれない。普通の方法では無理だと考えて、大手新聞社や大学など、ダメ元でありとあらゆるところに手紙を書いてみました。結果は……なんと!何十通も返事が返ってきたんですよ!その中で「2カ月間だけなら家に来たら」と受け入れてくれるところがあって。半信半疑ながら思い切って行ってみたら、イギリスでも雑誌に取り上げられるような素晴らしいお庭を持つ、お城のようなお家。そこで2カ月の予定が気が付けば半年間、図書館のような書斎で植物と英語の勉強をさせてもらいました。

「贅沢」ではない「豊かさ」

イギリスの上流階級では庭を作ることは紳士のたしなみ。庭師だけに任せるのではなく、ご主人自身が植え替える、ハウスに毎日風を通すなど、大切に育てているんです。生活の中に、庭と共に生きるサイクルがある、これはすごく豊かな生活だなぁと感じましたね。自宅の菜園で採った野菜、飼っている鶏の卵、蜂が集めたハチミツ、それを使って奥様が朝食をつくり、ただ毎日それを繰り返す生活。そんな中で、特に印象的だったのが朝食時の何気ない会話なんです。「今年はプラムの花が沢山咲いているから、ハチミツがプラムの味がするよね」と話しながら食事をする。この時、「味ってそういうことなんだ!」と衝撃を受けたんです。「贅沢」ではない「豊かさ」など、楽しむポイントを沢山教えてもらいましたね。
その後、もっと良い勉強場所をと、ナショナルトラストやスコットランドの「王立植物園」を紹介していただきました。恵まれた2年間のイギリス生活で学んだのは「イギリス庭園」という形だけがではなく、その背景が見えたときに、共通の美意識があって「イングリッシュガーデン」という形式は、僕にとってそんな大事じゃないという事。形よりも、これを楽しんでいるこの人たちの生き方こそが大事だなと感じ、自分もそこを表現したい!と強く感じました。

庭は楽しむためのもの

イギリスでもたくさんのお庭の楽しみ方を学びましたが、日本でも僕にお庭の楽しみ方を教えてくれた方がいます。エスコヤマの小山進シェフです。
初めて出会ったときに伝えられた依頼内容は、今でも忘れられません。「カブトムシやクワガタが住むお庭を作ってほしい。できたら、カミキリムシやアゲハチョウも来てほしい」でした。虫が来ないように依頼されることはありますが、虫が来るお庭を作ることなど考えたことがありませんでした。そのほかにも、小山シェフがフキノトウのボンボンショコラを開発した時には、「フキノトウを植えてほしい」という依頼がきたり、イタドリのジャムを開発したときにはお庭にイタドリを植えました。フキノトウもイタドリもお庭を作るためには一般的に使う植物ではありませんが、実はイタドリは造形のおもしろい植物で秋の紅葉も見事です。フキノトウは日本人なら初春を感じさせてくれる大事な植物で、グランドカバーとしても活躍してくれます。
これらのエピソードはごく一部で全部は紹介できませんが、エスコヤマでの小山シェフとの庭づくりは私自身の庭づくりの概念や庭そのものの楽しみ方の幅を広げていただきました。
今コロナで家にいる時間が以前よりも長くなった方も増えたかと思いますが、小さな庭があるだけで、おうち時間をとても充実させることができることを、たくさんの人に知ってほしいです。

学びたい、成長したい、そんな人が集まる場所

ここで一緒に泥まみれで働くことで「自分が何者か」がわかるきっかけになって欲しいです。「比較すべきものは他人ではなく、昨日と今日の自分」です。なんて、いうと、偉そうに聞こえますが、
実はこのことを教えてくれたのはエスコヤマの小山シェフでした。私が独立するとき、「自分のためにではなく、他人のために本気で悩める人間になりなさい。だから、一人親方のような仕事の仕方ではなく、人を雇い、その人が本気で成長できるよう努力してみたら、それはあなたを成長させるよ」という言葉を送ってくださいました。今もその言葉の意味を感じながら仕事をしています。
「学びたい、成長したいという軸が合う人と、一緒に何かやるという経験で、お金だけではない価値が生まれると思います」と熱く語る松下さんの元には、いろんな人が集まって来る。月3回だけ仕事に来る人や、無給でいいので働かせてくださいとやってくる人。「何か一緒にできませんか」と、気がつけば2~3カ月住み込みで働く人もいるという。
イギリスでも日本でもたくさんの人にさんざんお世話になったんです。せめて、だかれの役に立つことをしないと、バチが当たりますよ!と嬉しそうに笑った。

庭師 松下さん